直木賞作家『姫野カオルコ』(姫野嘉兵衛)の応援サイト。ディープな読者も初めての方も大歓迎。

ジャズをかける店がどうも信用できないのだが……。
・徳間文庫
2016年3月
本書は2004年から2006年のウエブちくま連載エッセイ→2008年筑摩書房刊『すっぴんは事件か?』→2012年筑摩文庫を経て2016年徳間文庫より改題加筆して刊行されました。

タイトルの『ジャズをかける店がどうも信用できないのだが……。』は、どちらかと言えばオシャレな店がよくBGMにジャズ(主に有線)を流していることが多いのですが、その何となく感というか「こういう雰囲気にはジャズでいいか」という、いい加減さが信用できないという話です。

私が昔やっていたバーもジャズを流していることが多かったのですが、実は客がいない時はあれこれ自分の好きな曲を聞いていてクラシックやハードロックから歌謡曲までなんでもありでした。客が入ると、こう言ってはなんですが客の雰囲気や人数・年齢・時間帯によってBGMの種類や音量を変えていました。最も重要な判断材料は客の酔いぐあいだったりします。本当はBGMなしにしたかったのですが、そうすると隣にあったスナックからカラオケの音が聞こえてしまうので出来ませんでした。自宅の方に店を移転してからは、そもそも店内にスピーカーを設置しなかったので、奥のキッチンから音質の悪いカセットテープの音が漏れてくるだけでした。

さて、話は飛んでイスタンブール。ちょっとした統計の本を読んでいたら、年代別の読書量調査みたいなのであって、未成年に限れば一番本を読むのが小学生(月に2.5冊ぐらい)次が中学生(1.8冊ぐらいに減る)最低は高校生で(1冊以下)になり、40%ぐらいはゼロ・・・つまり一冊も本を読まないという統計がでていました。これは数年前の数字だそうで、現在はもっと減っているかもしれないんですね。ついこないだも、街の本屋が廃業していてびっくりというかがっかりというか。これで個人経営の街の本屋はなくなって、ショッピングモールにある本屋だけになってしまいました。本屋以外にも街から消えていってるものに個人経営の定食屋や喫茶店がありますが、個人経営の場合はいわゆる代替わりの問題があって跡継ぎがいなければ店を閉めざるをえないのでしょうね。

話を本書に戻して、いろいろ面白いテーマがありますが、今回は「おっぱいと鼻くそ」。まず姫野さんが悩んでいることのひとつに女性のバストの呼称問題があります。そもそもバストだと身体検査みたいだし、乳房だと妊婦を想像するし、パイオツだと何となく下品だし、おっぱいは幼児語っぽい。いやらしい場面で文章に使うのに適した名称がありませんね。で、姫野さんとしては不本意ながらも母性やアットホームらしさが薄い「胸」を使うことになるそうです。

そしていわゆる胸(乳房)がエロスを含むものとして認知されたのは、実は最近のことなのではないかと考察しています。確かに私の子供のころでも電車(正確には汽車)のなかで平気で乳をだして授乳していましたものね。それを人はいちいちいやらしい目で見たりはしていませんでした。そう言えば昔70年代に南仏のニースに行ったとき、海岸にはトップレスの女性がたくさんいましたし、北欧の街中の公園では普通にトップレスで日光浴している美女たちがいて、最初はドキドキしたものの見慣れるとそれほどいやらしい感じがありませんでした。

問題は「鼻くそ」です。「鼻くそ」自体は自然に排出される老廃物でしかないが、問題はそれを公共の場で指を使ってほじくりだし、あろうことか座っている椅子にこすりつけたりする行為です。姫野さんはそう頻繁に電車に乗るわけでもないのに、乗ると必ずこの「鼻くそ指ほじり行為」を目にすると言います。話はそこからあの文豪・森鴎外の批判にまで至ります。私も実は「舞姫」を高校のころ読んだとき思ったのが「へたれな小市民が・・・」という身もふたもない感想でした。ちなみに私の職場にも鼻ほじり君がいて、ほぼ毎日休憩室で目にする光景です。なのでなるべく彼がよく座る場所は避けて座るようにしていますが、どうしても他が空いてなくてそのあたりに座ることになったときは背筋がむずむずしてぞわぞわと落ち着きません。だって、その椅子の座面の裏には長年にわたってこすりつけられた鼻くそがこびりついているかもしれないんですよ。ああぁ恐。

PS・・・こないだチェーンの和食店で日替わり定食を食べているときに、気が付けばBGMがジャズで何だか本書を思い出してしまいました。



すっぴんは事件か?・筑摩書房
2008年11月
本書はWebちくまに「やめて愛してないなら」というタイトルで連載していたエッセイを、大幅に加筆訂正をして("はじめに"は書き下ろし)単行本されたもの。『すっぴんは事件か?』というタイトルがキャッチーで面白いだけでなく、的確に内容を示唆していて姫野作品のタイトルとしては『ブスのくせに』と並ぶ名タイトルですねえ。こうしたエッセイの場合、内容を紹介するのは野暮なので、例によってジキルの極私的体験を・・・。

二十年近く前、私はアウトドアの遊びにハマッていました。メインのフィールドはもちろん筑波山周辺でしたが、車で2時間ほど北の御前山にもよくキャンプに行きました。

栃木県那須岳を源流とする那珂川の河原にテントを張って早朝に釣り、午前中はカヌーの川下り、午後は山中をマウンテンバイクで走り、夜は焚き火を囲んで大宴会。少し椎名誠氏の「怪しい探検隊」に影響されていたこともあって、昼間めいっぱい遊ぶのはもちろんですが、アウトドアならではの焚き火料理(3日間香草と赤ワインに漬け込んだ骨付きラム肉の燻製とか・・・)を作ってしこたま酒を飲むのが楽しみでもありました。なにせ酔っ払っても帰りの心配も寝床の心配もないわけで、その開放感はなかなか良いものなんですよ。

そういうイベントによく来る女性(Mさんとします)がいました。Mさんの仕事はいわゆる事務で、色白で長い髪にウエーブがかかったルックスは、まったくアウトドア系ではありません。年齢は不詳ということになっていましたが、周りからは私も含めて20代後半ぐらいだろうと思われていました。Mさんはいつも綺麗に化粧していましたが、特にそれ(化粧)で年齢をごまかそうとかいう感じではありませんでしたし。そう、それほどあからさまに厚化粧という風ではなかったのです。

真夏の霞ヶ浦一周100キロを自転車で走るイベントでは、Mさんはスタッフとして伴走トラックで水を運び、休憩ポイントに先回りしては涼しい顔で水を配っていました。もちろん日焼け止めローションのせいで白い顔になっていましたが、きっちりと紅い口紅で色っぽく化粧をして。その頃から仲間うちでは「Mさんって、いつもきっちり化粧しているけど・・・だれか素顔見たことあるの?」「あの感じだと人前ではぜったい素顔見せないかも」「そういえばキャンプ中も素顔は見せないものねえ」「もしかして・・・の時もか・・・ヒソヒソ」などと密かに噂になっていました。

さて、何回目かの御前山でのイベントは天気にも恵まれて大成功。宴会では私のギター伴奏で大歌合戦が始まっていました。どうしても私の年代ではみんなが歌うのは70年代のフォークソングになってしまったりするのですが、Mさんはそのすべてに違和感なくついてきます。ん? もしかして私なんかと同じ年代か? と、思いましたが酔って楽しく歌っているのに人の年齢を邪推するのもなんだし・・・。それにしてもそうすると周りがなんとなく思っていた(Mさん本人も否定しない)年齢より7〜8才上ってことになりますな。

みんなズルズルに酔っ払って一人、二人とテントに入って就寝して行きますが、私と数人のスタッフは最後まで残り、焚き火の始末や川に仕掛けた魚捕りのワナをチェックしたりしていました。日本酒をほとんど一升も飲んでヘベレケのMさん。一升ビンを文字通り抱えて「なんだみんなもう寝ちゃうの?だれかあたしと付き合ってよ」と怪しくも色っぽい声で誘うも、誰も乗らないと知るとヨタヨタと自分のテントに入って行きました。それが夜中の2時過ぎ。

私も倒れるようにテントに入って爆睡し、5時前に起床。この御前山キャンプは秋(10月末)のイベントだったので朝5時はまだ暗いのですが、イベントの主催者としてはいろいろやることがあってゆっくり寝ている場合ではないのです。もちろんまだ誰も起きていないだろうと思ったその時。人の気配に振り向けば、あのMさんがテントからでて車に入ったところでした。

まだ薄暗いのと遠いのとではっきりはわかりませんが、車のなかでMさんは顔を拭いているようです。しばらく見ているとどうも車のミラーをみたりしている様子から化粧を落としているのではないかと思われました。そうかたいへんだなあこれからまた化粧し直して・・・。

東の川面に朝の陽が射し、反射した光が化粧するMさんの車内を照らしたその時、私はものすごい誘惑と戦っていました。私の傍らにあるアウトドアの遊び道具一式を入れたケースには、高性能望遠鏡があったのです。

今、望遠鏡で覗けば、誰も見た人がいないと言うMさんのスッピンが見られる。

さんざん迷ったものの、結局私は望遠鏡を手にしませんでした。 だって、たぶん本人が見せたくないと思っているスッピンの顔を覗くのは・・・それはなんだか・・・。例えば女風呂を覗くというような行為よりも悪いことのような気がして。

実は今回本書のタイトルを知った時まっさきに浮かんだのが、この御前山キャンプのことでした。しかし、これじゃどう考えても本の紹介にはなっていませんよねえ。うーむ。

---後日談---

Mさんの同僚S氏から聞いた話。会社の慰安旅行で温泉に泊まった時、みんなが集まる宴会場ではMさんはいつものように浴衣で化粧ばっちり。しかし宴会が終わって夜も更けて、温泉好きのSさんが何度目かの風呂に入ろうと廊下を歩いていた時、たまたまちょうど風呂上りのMさんとすれ違ったそうな。「すわっ、さすがにこの時間の風呂上りならスッピンだろう」と喜んだSさんでしたが、もちろんMさんは化粧ばっちりだったそうです。

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