桃 もうひとつのツ、イ、ラ、ク・角川文庫 2007年7月 |
文庫化されてタイトルに「もうひとつのツ、イ、ラ、ク」が付きました。本当は桃ではなくて青痣(しみ)にしたかったらしいのですが、却下されたみたいですね。 私としては「世帯主がたばこを減らそうと考えた夜」にして欲しかったです。一般論からすると文庫のタイトルとしては長すぎますが、買うひとにとってはタイトルの長さは問題になりません。だって、タイトルが長いからという理由で買わない手に取らないということって・・・ありませんよね。 宣伝広告を考えると少し面倒はありそうですが、「たば夜」とか短縮形で押すのはどうでしょう・・・んー・・・ちょっと無理があるかな。
さて、今回の文庫化で大きなサプライズは解説があの「小早川正人」氏ということ。かぎカッコでくくっているのは本名じゃないからですが、芸名でもありませんで・・・、集英社刊の『ああ正妻』の主人公です。姫野作品の限りなくノンフィクションに近い物語の主人公が姫野作品の解説をするという前代未聞のメタヴァーチャル感???が非常に面白いです。
姫野さんがあとがきで書いているように青痣(しみ)という作品は、文体も構成も姫野作品としてはちょっと異色で、記憶を喚起させる部分は抒情的な言葉を並列に配置し、いわゆるポエムのようでもあり、精神分析の言語連想のようでもあります。 6つの物語の人物たちへの視線は淡々として、やさしいけれどベタつかず適度な距離感が心地よく感じます。時は大河のようにとうとうと流れていますが、人はそれぞれが小舟にのって本流を流れたり、支流に別れたり、淀みで止まったりで人の数だけ特有の時間があります。そうした時間の織り成す妙を感じ取れるのが大人の特権です。 |
桃・角川書店 2005年4月
|
わたしたちはさんざん いやらしいことをした。 許されぬ恋。背徳の純粋。 誰もが目を背け、嫉妬し、傷ついた。 胸に潜む遠い日の痛み。 苦みに癒される6つの物語。 帯文が大胆です! な、な、な、なにがどんないやらしいことをしたのかなあ?・・・とオヤジが競って買う・・・わきゃなくて、なかなかポップな装丁に仕上がっています。ツ、イ、ラ、クと同じデザイナーの方らしい。 本書はもちろん独立した作品集ではあるが、ここはファンとして断言してしまいましょう。「桃」は「ツ、イ、ラ、ク」といっしょに読んでください。そうすることで、どちらもより面白くなるのです。 関西地方の人口4〜5万人ぐらいの長命市。近代的な都市でも八つ墓的因習の村でもない微妙な境界線にある架空の町。18年前のちょっとした事件が、6つの短編それぞれの登場人物に影をおとしている。当事者であったり、噂で聞いただけだったり、まったくの誤解と記憶違いをしていたり・・・。事実や経験は常に当事者だけにとって唯一のものであり、他者にとってのそれは他者の数だけの事実が在るのだなあと感慨深いものがある。 本書を読むと「ツ、イ、ラ、ク」の登場人物たちに対する深い慈しみの感情が湧いてきます。 |
作品紹介目次へ |