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彼女は頭が悪いから・文藝春秋社
2018年7月
この物語は実際にあった事件から着想を得たフィクションです。

この事件を知った時に沸いた何とも言えぬ「いやーな気持ち」は今でも覚えていますが、いわゆるニュースの原稿からは当事者たちの心情が伝わってきません。 そこでいわゆる心理小説として被害者・加害者・周辺の関係者の心情を描写したのがこの物語(フィクション)です。

ですからストーリーは登場人物それぞれの心理を描写しつつ淡々と事件へ向かって進んで行きます。読み手にはそれぞれの考えていることが伝わってきますが、面白いというか不思議なことに登場人物同士の間では相互理解というものがあまり在りません。それはもう不条理と言ってもよいくらいです。

SNSの時代においては相互理解などというめんどくさいものは疎まれて、ひたすら同じ時間の共有という幻想のみが主な関係性として存在するかのようです。姫野作品の主人公はどちらかと言うと過剰なまでに相手の気持ちを酌んでしまい、結果として相手に誤解されるというパターンが多く、今回の主人公もそういう存在として描かれています。象徴的なのが主人公はいつも短いメールやラインの文言でさえあれこれ逡巡するところですね。

対する加害者側はSNSを単なる手段としてうまく利用するだけで、みごとなまでに他者の気持ちなどいっさい考慮しない存在として描かれています。ここで言う他者というのは自分に利するものがないと彼らが判断した者たちのことです。自分を利する最適解を導き出す能力が高いのですね。

しかし東大卒の優秀であろう官僚や政治家が平気で嘘をついたり失言する場面には事欠きませんし、東大そのものの世界的な査定が下落(確か23位)していてアジアでトップだったのは昔の話だそうです。それが結局一連のモリカケ問題などで明らかになったように官僚としての矜持よりも権力者に忖度して自己保身の為には嘘も平気でつくという惨状に繋がっているのかも知れません。

それでも偏差値による序列は人を選別し、その序列のトップに位置する東大ブランドの威光が存在するのは事実ですから東大生は意図的ではなくともその恩恵に与っているのは事実であり、本書が物議を醸すであろうポイントがこの「東大ブランドに対する強烈なアンチテーゼ」です。身近に東大卒の人間がいない私のようとな庶民にはちょっと判りずらいところがあって、東大卒の多い出版業界で反発をうけないのかなどと変な心配をしてしまいます。

それにしても帯の惹句にある「非さわやか100%青春小説」というのが、姫野さんらしいなあと感慨深いものがあります。私にとって青春というものはひたすら辛く恥ずかしく、思い出したくもないたくさんの失敗と挫折の日々でした。なので、ちまたに溢れる青春賛歌の物語にはぴくりとも琴線を刺激されませんからねえ。

ところでこのサークルという名を借りた犯罪組織のようなものが、東大に限らずたくさん存在している(他大学発の似たようなニュース有)のが実態なのだそうで・・・。実はここが私には一番理解困難な所でした。もうひとつ理解できないのが被害者に対するネット上の誹謗中傷。ネットというものの存在そのものが、人権保護と相反する匿名の暴力装置であることの証左かとは思っているのですが、なんともやりきれないものがあります。

ここで例によってわき道にそれます。本書に描かれているような学生生活、特にサークル活動というものが私にはよくわからなくて。なにせその年頃の私はヨーロッパを放浪しながら、その日の食べ物を買う金もなく寝る所もないようなギリギリの生活をしていたものですから、そもそも気楽な学生生活というものの経験がありません。自分で選んでドロップアウトしたので、文句を言う筋合いではないのですが、私だってモラトリアムの楽しいキャンパスライフを送ってみたかったぞ。・・・と、急に言葉乱れるジキルであります。


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