直木賞作家『姫野カオルコ』(姫野嘉兵衛)の応援サイト。ディープな読者も初めての方も大歓迎。

ひと呼んでミツコ・講談社文庫
93年4月(単行本は90年3月講談社刊)
ここはカクテルバー。完全電話予約制で営業中。人はここをSAMSARAと呼ぶ。SAMSARA。ゲランの名高い香水。意味を聞かれて輪廻転生と答えると、また意味を聞かれる。そんな店。

本書の主人公「ミツコ」の標的は一般的に刑事罰を受けるような犯罪でなく、他人を思いやるという当たり前のことが出来ない普通の人々。そして、我々読者の誰もが犯しているかも知れない無自覚の罪。しかも罪を憎んで人を憎まずってことはなくて(人がいなけりゃ罪なんてないですもんね)きっちり実力行使してくれてます。読者としては、時々「うっ、自分にも心当たりが・・・」と思いつつ、スッッッッキリすること間違いなし。

この標的になる人々の人物造形がすばらしい。自分の学歴にコンプレックスを持っているくせに、他人のコンプレックスに鈍感な課長。ファミリーレストランで傍若無人の子供。それを注意もしないその母親。ファッションと車でしかものを語れないノータリン。文句言ってもなしのつぶての「つくば市役所道路施設課」、すいません。ちょっと私憤を入れてしまいました。え〜、倫理感のかけらもないくせに、人の生活指導をしたがる教師。などなど。

物語的にデフォルメしてあるにせよ、「いるいる、こういうやつ」のオンパレード。我々はこういう人々に遭遇した時、「いやだなあ。でもしょうがない」と、その場をやり過ごすばかりです。そして、当人たちは一生自分の言動、行動が他人に不快感を与えていることに無自覚のままで過ごすのでしょう。そこで登場するのが、「ミツコ」。彼女から処世術を学ぶことはできません。できませんが、「ミツコ」は悪役だけでなくあなたのウジウジもいっしょに吹き飛ばしてくれるでしょう。さあ、勇気を出して。あなたも言ってみましょう。「静かにしろ! このクソガキ!」



ひと呼んでミツコ・集英社文庫
2001年8月
この作品は単行本が講談社からでたのが1990年。同文庫が1993年。そして、2001年8月に集英社から新たに文庫で発売された。「時代がミツコに追いついた。姫野カオルコの早すぎたデビュー作が21世紀の倫理を確立すべく、装いも新たにバージョン・アップ大復活」というブルーの帯が新鮮。

今回は解説の中条省平さんがうまい分析をしています。(我ながらえらそな言い方!)人類は様々な社会制度を経て、現在、我々が享受している民主主義というものが最も優れた制度である、あるはず、そうでなければならない。と、思わされています。思いっきりくだけて言ってしまえば、民主主義とは何事も話し合いで決定し、争いごとはやめましょうね、選挙をしましょうね、多数決できめましょう。という制度です。これじゃくだけすぎか。しかーし! これはファシズムと紙一重なんですよぉ。

多数派に属する人々でなく、なぜかいつも少数派に属してしまうような人々の視点に立つとわかりやすいですね。自分なりの納得する考えがあるのに、いつもそれを曲げなければならない。正しいのは多数派の方で、自分は間違っているらしい。だから生きにくくてしょうがないんだけど、妥協しておとなしくしている。理想的な民主主義では、少数派の意見を尊重することになっていますが、これはあくまで論理的にそうなっているだけのことで、実際は多数派が正義とされます。まして、自分が多数派であることに自覚的でない人は簡単に少数派を抑圧します。例の「ハゲ問題」も人の8割がはげだったら、問題になりようがありません。

なんだか風呂敷きを広げすぎてまとまりませんが、中条さんも書いているようにそれぞれ人は自分の中に多数派的部分と少数派的部分を併せ持っています。そのことに(特に自分の中の多数派的な部分)に自覚的で、その視点から少数派を排除せず尊重する寛容の気持ちを忘れないのであれば、ミツコの怒りをかうこともないでしょう。自分の中の少数派的部分(例えばちょっと変わったフェチシズム)については他人が関与すべきではないですけどね。

先頃問題になった「作る会の教科書」、あの人たちは今のところ少数派ではあります。ありますが、どう考えても彼らは自分たちが正しい多数派になった時には、意にそわぬ国を相手に戦争をするタイプです。さらにはちょっと文句でも言おうものなら「非国民」とか言って少数派を弾圧しそうな輩に思えます。これは教科書の内容や歴史観の問題ではなく、人の問題です。なぜこんな例をあげるのかと言えば、姫野さんの読者はある意味少数派ですから、そこから世の中を見た場合に自分たちが正しく間違っているのは世の中の方だと思いがちです。私、ジキルもよくそう思います。その時に今一度自分の中の多数派的感覚や少数派的感覚を見つめて、世の中だけでなく自分自身をも疑ってみる冷静さが必要だと愚考する次第。

んでもねえ、一回ぐらいミツコがドカドカ売れて「えっ、まーだ読んでないのぉー。遅れてるぅ」とか言って読んでない少数派をいぢめてやりたいです。

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