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ドールハウス・角川文庫
97年7月
(単行本は92年6月主婦の友社刊/94年4月講談社文庫刊"空に住む飛行機"を改題)
主題は、家(家族)と個の相克。これは家父長性や家単位の戸籍制度、(必ずしも家単位ではないが、そもそも一人住まいでも世帯主を問う制度ではある)血縁主義的な全ての事柄を含む問題です。例えば家柄って何なんでしょうか? なぜ結婚式場には「・・・家」と書いてあるのでしょうか? 家は血は存続しなければいけないのでしょうか? なぜご懐妊の兆候で、号外がでるのでしょうか? 親孝行とは何なんでしょうか?

この作品に答えがあるわけではなく、答えは読者それぞれが、個別の事情の中で考えるべきことです。それを考えることが「個」の成熟ということなのだと思います。そもそも疑問すら持たない人々にとっては「普通のこと・当たり前のこと・みんなそうだから」に、苦しむ人々は異端なのです。著者の経験が色濃くうかがわれる物語は、個として成熟する機会を失われ、あるいは自ら未熟であることを隠さなければならなかった人たちのために書かれています。自分が未熟であることすら気付かぬ者たちは、無意識に成熟とそれに至る葛藤を拒否しているのではないでしょうか。成熟した個と個の対峙は常に緊張をもたらすもの。どこを切っても同じ顔が出てくる「金太郎飴」の安心感はなく、互いに外からは窺い知れぬ顔を持っているからです。違う顔に対する想像力を持っているのは、未熟であることを自覚し悩んでいる人たちの方なんです。

本書では個として成熟するための通過儀礼として、失恋が使われていますが、これは人によっては例えば進学や就職であったりするのでしょう。本書の主人公である「理加子」は苦しみ、悩み、泣き、そして最後に笑って呪縛の家から飛び立とうとします。これは、苦しみの家に囚われた全ての読者に送る福音の書。本書「ドールハウス」は「喪失記」「レンタル不倫」と合わせて3部作を成しています。それぞれ独立して読んでも問題はありませんが、ぜひ3部続けてどうぞ。

ところで、私自身の「個」について・・・いまだに未熟を脱しようと模索中です。例えば経済的に親に対して負債があるという思い。あるいは、自分はほとんど全ての面で親の期待を裏切ったという思い。若い時のある時期(4年間)文字通り所在不明生死不明音信不通であったこと。未だ自分の仕事に確信を持てないこと。このHPがどんどんバーのHPから離れていくこと、などなど。私は今もそして明日からもまた悩むのでしょう。

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