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ボヴァリー夫人・角川書店
2003年4月
文/姫野カオルコ・絵/木村タカヒロ
世界の名作を現代作家と画家のコラボレーションで大人の絵本にするシリーズ。原作はギュスタブ・フローベールの「Madame Bovary」ボヴァリー夫人。フローベールは近代文学史では小説に写実主義(リアリズム)、つまり客観による現実描写を初めててもたらしたとされています。「女の一生」を書いたモーパッサンの師匠でもあります。フローベール自身が、ボヴァリー夫人は私自身であると語っていますが、エマが夢や欲望に翻弄される様は、フローベールが病弱であったこともあって「没主観」の作品と言われながら作者の内面を色濃く投影したものだったようです。かの蓮實重彦氏がパリ大学に留学していた時の修士論文が『ギュスタアヴ・フロオベエル,その創意の構造と展開の諸様態』、博士論文が『「ボヴァリー夫人」を通してみたフローベールの心理の方法』でした。

さて、本書は絵本ということですが推測するに姫野さんの文章が先にあって、ページ構成がだいたい決まったところに木村タカヒロさんが絵をつけたのでしょう。木村タカヒロさんの絵は一度描いた絵をバラバラにして再構成するという手法のようです。コラージュすることで、最初に絵を描いていた時には思ってもみなかったであろう効果や表情が現れるようです。
詳しくは氏のホームページをご覧ください。

姫野さんの文章は(私ごときが言うことではないけれど)、キレがあって素晴らしいですね。リズムがあって朗読したくなる名文です。時々でてくる日本との対比描写が笑いを誘いますが、もちろんしっかりヒメノ式の毒もあります。松岡正剛氏がフローベール批評で、


とくにぼくが気にいったのは、オメーという薬剤師の書き方である。オメーはたった一つの学会にしか所属していないのに、多数の学会の会員であることを言いふらし、何も研究していないのに薬局のうしろに「研究室」というプレートをかけ、「一流作家の作品を集めた図書室」を誇っている。が、誰もそれを褒めないので、世間が感心するであろう『リンゴ酒の製造方法について』とか『ワタムシの観察報告書』などを自費出版をする。

 フローベールの面目躍如というところで、このようなオメーを描いて、そのスノビズムにエマ・ボヴァリーが感嘆するように仕向けることが、それこそフローベールが世界文学史に近代を代表して投げつけた「ボヴァリスム」というものなのである。

 しかし、よくよく思いをめぐらしてみると、このような「ボヴァリスム」は、最近の日本のおばさんと、おばさんよりもおばさん化しつつある男たちの、不治の病いのようなものになっていた。  これだから名作はいつまでも現代にもはたらきかけて、ドキッとするようなことを言えるのである。


と、書いていましたが・・・この「ボヴァリスム」というのはヒメノ式が問いかける「実体のない世間の様式」に通じるものがあります。

えー、なんだかジキルの脱線書評らしくないとお嘆きのア・ナ・タ。脱線するには長くなりすぎました。残念・・・か? 最後に、エマが色男のロドルフに篭絡されるシーンで、姫野さんは「様式美」をキーワードに恋愛物語の劇場化を描写しています。これはつまり「プリティ・ウーマン」でっせ。

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