反行カノン

小説新潮一月号(2005年)「反行カノン」より・・・曲はバッハがフリードリッヒ大王に献上した「音楽の捧げものNo.3」から。定旋律の王の主題が上声部にあって、その下声部に二声のカノンがあります。これが旋律線をさかさまに読んだ反行カノンと言われるものです。カノンの基本は平行カノンですが、他にこの反行カノン(旋律を転回させるので転回カノンとも言う)、逆行カノン、拡大カノン、縮小カノン、逆比例カノン、無限カノン、圏状カノン、群カノン、混合カノン、謎カノンなどがあります。謎カノンって・・・なんだろ?




映画や演劇、小説や絵画。そうしたものについての、 たがいの感想をつたえあう。

遊園地や行楽地。そうしたところにふたりで行く。

ボートや車。そうしたものにふたりで乗る。

テニスやスキー。ダンスや歌。そうしたことをふたり でする。

これくらいだろう。

男と女が、日常ではない感情を抱きあい、日常ではな い甘さと香辛をふたりで求めることにしましょうと、 ある種の「合意」をしたときに、彼らがすることは、 結局は、これぐらいしかない。

合意がはじまったばかりのときは、すべてが薔薇色に かがやき、そのうちに慣れ、だれ、おわる。

それでも、また、時間がたつと、べつの相手と、こう したことをし、以前のようによろこび、飽き、おわる。

そのたびごとに、その行為を恋だと人は名づける、な らば、恋とはすべてが、インターバルをあけての、行 為の反復である。いつもおわるものである。

おわらないのは、日常をともにできる相手だ。