バカさゆえ

角川文庫刊・バカさゆえ・・・「タクシー・ドライバー」より抜粋・・・BGMはデ・ニーロ主演映画「タクシードライバー」76年から。エンディングはもちろん「魔法使いサリー」。映画には、かのジョディ・フォスターが少女売春婦役で出ていました。画像は70年大阪万博の太陽の塔。私も見に行ったのですが、うーむあまり憶えていません。月の石を見るのに長時間並んだのですが、肝心の月の石がニセモノに思えたことぐらいか。



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出窓のあるヨーロッパ建築を猿真似した住宅の

二階の窓が彼の視界に入った。カーテン越しに

光が洩れていた。

「エセくさい幸福・・・・・・」

彼は思った。

洩れる光の黄色さを、うわっつらだけの家庭の

幸福を象徴するような光だと思った。

彼の職業はタクシー・ドライバー。四十二歳。

「1970年の日差しだ・・・・・・」

日本中が煮えていた。高度経済成長の花が開ききったとき。

高い塔が大阪の空に建った。

塔のてっぺんには顔があった。

はしゃいだ声が、また彼の耳にこだましはじめた。

さあ、今日のお祭り広場は。

お祭り広場は。

ドイツの。

ドイツの民族舞踊です。

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「結婚しよう。高い指輪は買ってあげられないけれど」

彼はもう一度言い、良江はうなずいた。

「指輪なんかいらない。指輪なんか・・・・・・。二人

でずっとつつましく暮らしていけたら、それが最高の

指輪。月の石よ」

良江は鼻をぐずつかせ、ハンカチで洟をかんだ。しなやか

な媚態を示し得ない彼女のそんなところを嘲う同僚もいた

が、彼は彼女のそんなところこそを愛していた。その清楚

さを、その清新な精神を愛していた。

「わたしが、おばさんになっても、おばあさんになっても

あなたはずっと王子様」

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「夢を見たよ」

彼はサリーをふりかえって言った。

「どんな夢? いい夢?」

「ああ、いい夢だった。死んだカミさんの夢さ。俺が万博

の会場でカミさんにプロポーズする夢だった」

「バンパク?」

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「おじさん、親切にしてくれてありがとう」

「礼を言うのはこっちだよ。ずっと眠れなかったのに、

あんなによく眠れたんだから」

「あれはね、わたしの国のおまじないをしたの。眠れない

時に、よくママがしてくれた」

「そうかい。そのおまじないを教えてもらっとこうかな。

また眠れないときに使うから」

「いいわよ。おぼえてね。マハリク・マハリタ・ヤンパラ

ヤンヤンヤン、って三回唱えるの」

そうすれば愛と希望が飛びだすわ、とサリー・ドリーム

フィールド、十一歳は言った。