角川文庫刊・喪失記より抜粋・・・始めと終わりが讃美歌「麗しき朝も」途中が小椋桂の「少しは私に愛をください」。「少しは・・・」のほうは別に作品と関係はありませんが、なにか「少し」くれと言うところにかえって渇望のようなものを感じます。讃美歌は思ったよりたくさんあって探すのに苦労しましたが、この旋律を知って作品を読むとまたイメージが膨らむかと思います。 私は生まれたときから他人の家に預けられていた。
預かり手は数人に及んだ。そのためだろうか、
なんとなく、いつもすでに迷っているような感覚が肌身にあった。
うるる鷲いき朝も
しいずかなある夜も
豆物
煮物を
くうださるう
神様 ************************** 「・・・・・・すみません。わかりません」
私はわからなかった。本当にわからないのだ。
「じゃあ、白川さんはどんな女性がセクシーだと思われます?」
「黒いブラジャーとパンティのかっこうで赤い口紅を塗っている人」
私が言うと記者はまた笑った。
「そういう女の人のイメージってふつう同性から嫌われるでしょう?
男に露骨に媚びて、みたいな反感を持たれて。どうしてまた?」
彼女に問われ、
「清廉だから」
私は言ったが、小声だったので彼女には聞こえず、
カメラマンが話しかけてきたので私の答えはそのままどこかへ
流れて行ってしまった。
「男だってイヤだよ、そんな女。白川さん、認識あらためたほうがいいよ」
カメラマンはかんじのいい話し方で言った。
「そりゃ、『プレイボーイ』や『ペントハウス』の
グラビア見てるときはそんなのもいいのかもしれないけどさ、
実際には男って直球は苦手なんだよ」
彼の言うことが、私は痛いほどわかった。だが、わかる以上に男という男が
許せなかった。
「なぜそんなに男が直球を怖がるのか、私にはそれが許せません。あまりに
も弱すぎると思います」
そして、その直球をずっと投げてもらえると思える傲慢さが許せない。
明日にはもう投げてもらえないかもしれぬと、少しは不安にならない
のだろうか。
「直球は、もっとも打ちやすいのに、そんなものも怖がっているようでは、
あまりにもめめしい」
************************* 他人の家に預けられていた長い時間。私はその時間をすこしも疑いはしな
かった。すこしもかなしみはしなかった。そして今も、かなしみはしない。
ただ、その長いひとりの時間のうちに、私が、自分で、歪めたものを
かなしむ。 麗しき朝も
静かなる夜も
わがままを捨てて
人々を愛し
その日のつとめを
なさしめたまえや
つとめを
なさしめたまえや