角川文庫刊・喪失記

角川文庫刊・喪失記より抜粋・・・始めと終わりが讃美歌「麗しき朝も」途中が小椋桂の「少しは私に愛をください」。「少しは・・・」のほうは別に作品と関係はありませんが、なにか「少し」くれと言うところにかえって渇望のようなものを感じます。讃美歌は思ったよりたくさんあって探すのに苦労しましたが、この旋律を知って作品を読むとまたイメージが膨らむかと思います。



私は生まれたときから他人の家に預けられていた。

預かり手は数人に及んだ。そのためだろうか、

なんとなく、いつもすでに迷っているような感覚が肌身にあった。

うるる鷲いき朝も

しいずかなある夜も

豆物

煮物を

くうださるう

神様

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「・・・・・・すみません。わかりません」

私はわからなかった。本当にわからないのだ。

「じゃあ、白川さんはどんな女性がセクシーだと思われます?」

「黒いブラジャーとパンティのかっこうで赤い口紅を塗っている人」

私が言うと記者はまた笑った。

「そういう女の人のイメージってふつう同性から嫌われるでしょう?

男に露骨に媚びて、みたいな反感を持たれて。どうしてまた?」

彼女に問われ、

「清廉だから」

私は言ったが、小声だったので彼女には聞こえず、

カメラマンが話しかけてきたので私の答えはそのままどこかへ 流れて行ってしまった。

「男だってイヤだよ、そんな女。白川さん、認識あらためたほうがいいよ」

カメラマンはかんじのいい話し方で言った。

「そりゃ、『プレイボーイ』や『ペントハウス』の

グラビア見てるときはそんなのもいいのかもしれないけどさ、

実際には男って直球は苦手なんだよ」

彼の言うことが、私は痛いほどわかった。だが、わかる以上に男という男が 許せなかった。

「なぜそんなに男が直球を怖がるのか、私にはそれが許せません。あまりに も弱すぎると思います」

そして、その直球をずっと投げてもらえると思える傲慢さが許せない。

明日にはもう投げてもらえないかもしれぬと、少しは不安にならない のだろうか。

「直球は、もっとも打ちやすいのに、そんなものも怖がっているようでは、 あまりにもめめしい」

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他人の家に預けられていた長い時間。私はその時間をすこしも疑いはしな かった。すこしもかなしみはしなかった。そして今も、かなしみはしない。

ただ、その長いひとりの時間のうちに、私が、自分で、歪めたものを

かなしむ。





麗しき朝も

静かなる夜も

わがままを捨てて

人々を愛し

その日のつとめを

なさしめたまえや

つとめを

なさしめたまえや